2017-08

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ピンクのセーター

旭川ローカル紙(名称不明m(__)m)に、5年半くらい前に掲載されたコラムです。

出会いふれ合い“ドクターひとみ往診へ行く”より


昨日、由布子さん(仮名)のお母さまから、優しい毛糸のピンクのセーターが届きました。
由布子さんに着せてあげるつもりで編んでいたけれど、それができなくなってしまったので
「先生、代わりに着ていただけますか?」
ということでした。
そのセーターは、見ただけでも、由布子さんが帰ってきたようで、思わず涙ぐんでしまうようなものでした。

由布子さんは、美大生だったときの同級生のご主人と結婚して二年目の若奥さまでした。
でも、婦人科の癌が見つかったのは、小学生の時といいます。
大人でも入りにくい婦人科の病院に通い、幾度かの抗がん剤治療や手術にも耐えながら、学生生活、アルバイト・新婚生活を通して、絵を描いたり、お菓子を作ったり、御自分のウエディングケーキを焼いたり、目いっぱい楽しんで二十いく年かを過ごしてこられました。
ただ、私がお会いした時は病気が進んでおり「治る」ということは難しい状態でした。

その前の夜、すやすや眠っている由布子さんの隣で、お母様とご主人と私と三人、思い出話をしていました。
しっかりしているようでぽかーんとしていた子供の頃。
遠足の帰り、一人道に迷って、家から何キロも離れた公衆電話から電話してきたこと。
商店街(他の鉄鋼のまちと同じく今はさびれてしまったけれど)にあるお店のシャッターは、彼女がデザインして描いたこと。
同級生だったご主人より彼女のほうがずっと絵の才能があり、大学の食堂にも彼女の絵は飾られていること…。

ふと目を覚ました彼女が、いつもの言い方と違って、ご主人に「タケダクン」と呼びかけていました。
昔出会って一番楽しかった頃の呼び方でしょうか。
彼女は少し微笑んでいました。

『春』
丁度去年の今頃、まだ三十歳前なのに、卵巣がんが広がってしまっていた由布子さんと私は、春の和菓子づくりに夢中でした。
その芸術的な和菓子のひとつひとつの本のページをめくりながら、美大出の由布子さんは、抜群のセンスで創作和菓子を作っていました。
私はおまけの毒味役といったところでしょうか。
その手をふと休めては、いろんな話をしました。
小学生のときからこの病気と生きてきたこと。
再発が見つかり、根治的な手術が難しいと言われてからは、本当に三ヶ月三ヶ月と思って生きてきた。
「三ヶ月たったらほっとして、また次の三ヶ月を生きてきた。だから、期限付きの毎日で夢が描けないの。」
「わかっているけど、ある朝おきたら突然どんな広がった癌も治る新薬が秘密裏に開発されていた。そんな夢をみる。」
と話していた由布子さん。

昔の友人にも会いたい。でも、会っているときに具合いが悪くなってしまうかもしれないし、そう思うと、体のこと全部わかってもらえないと会えない。
でも、そんなみんなに話すこともないので、つい友人にも会わなくなってしまうと。

物心ついてからずっと病気と付き合ってきた彼女は、病気に対して戦うことももがくこともせず(多分その時期を越えて)共に素直に病気を受け入れていました。
だから妙な遠慮や後ろめたさも持たず、堂々と病気の自分をあるがままに表現して生きていました。
かなりシビアな話になり、
「こういう話いやでないですか?」
とたずねても
「いいえ。思っていても、なかなか親しい人には話せないから」
と、私たちはかなり濃厚な時間を過ごせたと思います。

でも、幾度目かの入院のあと食事がとれなくなり、点滴をつけてお家に帰ってきてからは、そういうシビアな話をすることはありませんでした。

『タケダクン』
由布子さんは逝ってしまいましたが、ご主人のタケダクンはしばしば病院にやってきます。
少し太ったみたい。
彼女が逝ってしまって、友人たちから元気づけにといろいろなお誘いが増えたといいます。
彼が、癌と戦いそれとともに生きてきた由布子さんと一緒に歩んできた日々は、決してなまやさしいものではなかったと思います。
彼のご両親も本当のところ大切な一人息子のお嫁さんには、健康な普通の女性を望んでいたと思います。
けれどそんなことは一言も触れず、彼らを暖かく包んでいました。

日々の病院通いから始まって、その看病を全面的に引き受けたタケダクン。
最期は介護休暇を取り
「恥ずかしいからモザイクかけてね(そう話せるユーモア!)」
と彼女に言われながら、起き上がれない由布子さんのすべてのお世話をやり遂げたタケダクン。
しまむらで買ってきたという介護用のシャツは、うすいピンクのレースがついていました。

旅立たれた夜。
お気に入りのワンピースに着替えた由布子さんの最期の紅を引いたのはタケダクンでした。
「今夜は二人で並んでゆっくり休むんだ」
といったタケダクン。

だから、まだその悲しみの中からとてもあがってこれそうになく、少しの慰めや時がたてば、などと言う生易しい言葉でいやされるものではないけれど、
「彼女を自分の手で看取ってよかった。後悔はしていない、満足している」
「彼女の人柄に助けられ、命に向き合ったんだと思う」
と言いきってくれたタケダクン。
だから、今そんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、まだ三十歳の彼はこれからうんといい恋をしていい結婚をして幸せになってほしいと思います。
この記事は、ここで紹介しちゃいけない物かもしれないし、ここに載せるものじゃないかもしれない。


一番近くにいたはずなのに、ここに書かれたことを知ったのは、その日から一年後にこの記事を読んだときで、すごくショックだった。



この一年はすごく長くて、いろんなことがありすぎて、でも残しておきたいことはごく僅かで。

この記事はなにもかも投げ出したくなるときに、いつもふと思い出してた。
今年は特に多かった。


もっと話しをしたかった。
今話せたら、たぶんものすごく叱られると思うけど。


いつか会うことができたときに、お姉ちゃんとして接してもらえる生き方しなくちゃないけないな。
できるのかな。
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● COMMENT FORM ●

どもども。
久しぶりの投稿がこんな記事でよかったのかと、今更ながらネカフェで考えているどなりんです。

>尚さん
お姉ちゃんのこと、大好きだったのかね~?(苦笑)
最後は彼女が全部自分で決めてたから、心残りはあると思うけど後悔はしていないはず。
大好きでいてくれたらいいんだけどね~<姉さんいまいち自信ない(苦笑)

>poohさん
絵はそんなわけで(端折りすぎ!)今度会ったときにでも。
忘れそうなので、その際はまた声かけてください!

絵を・・今度、是非見せてください♪

授かった運命の奇跡の全ての命を
大切にしたい・・そんなことを思いました。

書いてくれてありがとう。

まずはありがとう
この記事が読めて本当に良かった
彼女の笑顔しか記憶にない私は、やっぱり彼女が若くして逝ってしまった辛い中にも彼女らしい幸せな最後だった事がうかがえました。
お姉ちゃんのことが大好きだった彼女は今のお姉ちゃんだってきっと大好きだよ!


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プロフィール

どなりん

Author:どなりん
趣味はLIVEとぐーたら。
好きなものはいい男。
嫌いなものは乳製品。
金運・くじ運・男運・仕事運無し。
いくつになってもお気楽OL。

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